2022年11月30日
歌舞伎の原点、若衆歌舞伎が禁止された理由とは?
- 若衆歌舞伎とは何か?
- 男色禁止令との関係性って?
- 野郎歌舞伎でドラマ性が上がった
若衆歌舞伎って何?
若衆歌舞伎とは、元服前の前髪をつけた美少年による歌舞伎です。1629年の女歌舞伎の禁止に伴い主流となりました。
内容は舞踊的物まね芸や、見世物的な軽業芸などありました。しかし基本的には美少年を見て楽しむちょっとグレーな見世物であり。
そんな見世物なのでちょっと幕府からにらまれていました。
男色禁止令との関係
1652年に若衆歌舞伎が禁止になるのですが、それはそのちょっと前に出された法令が関係してまして、それが男色禁止令なんです。
当時、風紀の引き締めというか取り締まりをやってまして、その過程で出されたのが男色禁止令でした。
男色はいわゆるボーイズラブのことで、衆道とも言ったりします。えらいお坊さんは戒律で女犯だったりして若い男の子をかわいがったりしてたんですね。
可愛い子(男)を取り合って刃傷沙汰なんてこともありました。そして若衆歌舞伎は禁止されるのです。
そして野郎歌舞伎へ
野郎歌舞伎というのは簡単に言うと今やってる歌舞伎のルーツみたいなもんです。若衆歌舞伎が禁止された翌年始まりました。
出てくる役者は以前若衆でしたが、前髪を剃った野郎頭で出なくてはいけなくなり、この形態は元禄歌舞伎が始まる貞享ごろまで続きました。
内容としては傾城買狂言(廓で遊ぶ客と遊女を描いたもの)、衆道狂言の発達、役柄の分化などがあります。
そしてドラマ重視となっていった
以前、容色重視ではありましたが。俄然、内容勝負といったような感じに歌舞伎はなっていきました。
そして深いドラマを描くような形で進化していき、それが現在の歌舞伎に大きな影響を与えているという点で、
野郎歌舞伎の禁止は歴史上重要や出来事だったと思います。
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